『まえがき』(実は『あとがき』だけれど…)

 

楽しみにしている人も、『いる』かもしれないので、先に断って置くと、しばらくは、『柔道』のお話は、ここではしない。しばらくは、僕が個人的に感じた話とか、僕自身の近況報告みたいな話をしたいと思う。で、早速なのだが…

 

 

今さらではないのだが、どうも、僕の話は無駄に長くなる事が多いようである。

 

「何を、今さら、言っているの?」

 

という声が、聞こえてきそうだ。会話をしていて、あるいは、式などのスピーチにおいて、人から

 

「…話が長い…」

 

とか良く言われる。実際に、僕がスピーチを始めようとする直前に、僕の柔道の師匠の1人であるレスラーO先生が、一言、

 

「皆さん、『話(僕がしようとしているスピーチ)』…長いです!!!」

 

と補足されたりなどした事も在った。似たような事を言われることが多い。1度、2度ではない。1人、2人でもない。

 

 

『話』をする。確かに、これまでに色々な場面で、色々な形で『話』をして来た。勿論、その『話』を準備する。物凄く、『話』の細部に拘ったりもする。

 

(実は、状況や、場面、時、等々に依って、突然、『話』が湧いてくる事もある。今回は、これ以上、立ち入らない。話が長くなるので…)

 

 

僕の中では、

 

『『話』をする。』

 

という事と

 

『『物語』を『描く』。』

 

というそれぞれの行為が同じである。(という感覚がある。)

 

「何故、話をするのか?(何故、『物語』を『描く』のか?)」

 

という事なのだけれど、理由は複数あって、その一部を描くと

 

『自身が感知して獲た景色を、情報として他人に伝えたいから…』

 

という事なのだろう。勿論、話すこと…というより、こうして『描く』ことは好きな事でもある。但し、僕が『描く』という事が出来るのは、その手前に

 

「僕自身が、確かに生きて来た…」

 

という

 

『積み上げられて来た時間』

 

が在っての事である。記憶と感覚、その瞬間に獲た景色を描く。確かに、言ってしまえば、それだけの事だ。しかし、この『描く』という作業を通じて物凄い時間のパラドックスを感じたりもする。

 

『瞬間に獲た景色』

 

を描くのに何年も費やしたり、あるいは

 

『何年間もの時間、さらには『歴史』という膨大な時間』

 

が、描くと、僅か数ページの文章に収まったりする。

 

「…不思議だな…」

 

と思う。一方で、描いているときは夢中で、そうでもないのだが、描き終わった後に来る、身体への負荷は、やはり、相応の物がある。

 

 

次回に公表予定(ブログで)の記事を描いていて、感じた事を、今、まとめてみた。それが、当初より長い記事に成ってしまった。今、その記事を何回か読み返している最中である。柔道を再開して、5年近く経っているが、この5年間で僕が観た景色の一つだと感じている。

 

 

 

次回のブログのタイトルは

 

『舞台』

 

になる。ツイッターで予告までして、自身を追い込んだのは、こっちの記事の方である。

 

 

 

今回は、近況も兼ねて、描く予定はなかったが、描くことにより獲られた

 

『描く』

 

という事の一部を描いてみた。(くどい描き方かな…)

 

 

 

僕にしては、珍しく今日は、話が簡潔にまとまった。

 

「え?やっぱり、『話』、長いですか…?」

 

 

次回の話(土曜日か日曜日の)は、もっと長いです。

 

 

 

takumaroは今日も往く。

 

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