2016年度、稽古風景

2016年度における、僕(takumaro)の3種類の『柔道』の『稽古風景』を今回は展示します。

 

稽古風景、その1

作品名、『2016年、稽古風景』サイズB4、2枚(2枚で1つの作品)

 

 先日、無事に、2016年度の柔道教室の稽古が終わった。稽古納は、2017.03.23。稽古を積む者たちが集って、其処にある景色が観えたりする。視点を変えれば、景色が変化する。また、人それぞれに『固有の色』が確かにある。この2016年は、二人の『皆勤賞』の強者が誕生した。二つの視点と、その色と、それを見ている『僕』を描いてみた。だから、雅号『琢麿』が入っている。作品は、この2枚で、1つの作品だが、それぞれの『作品』の該当部分を『皆勤賞』の受賞者の二人に贈った。

 

作品のこちら側は、

『ちゃらんぽらんYさん』

に贈った。

 

いやいや、本当に…

僕は、個人的に『道の険しさ』

のみを見せつけられる事が多い。

 

山は…遠くから見ていると、山なのだけれど…

近づけば、近づくほど、

「おい!これ…壁だろう!!!」

と感じる事の方が多い。でも、なんとか…

 

作品のこちら側は

『千日行者Iさん』

に贈った。

 

『千日行者Iさん』は、これで、この3年間で2度目の

『皆勤賞』の受賞になる。

 

僕は、個人的に『あるべき姿』

を感じる。身体を駆使するという事…

武道家としての、勤勉さ…(色々な知識を持っている)

武道家の究極の目標は『陸奥』に挑戦する事である。

「いつ…僕は『陸奥』に挑戦するのだろう…?」

これまでの作品の一覧は(今回のを含む)以下の『ART  GALLERY』に新作から順に展示してある。

稽古風景、その2

 2016年のtakumaroの稽古実績は…

 通算稽古日数:161日、その内、柔道教室、皆勤賞、該当稽古日参加日数57日…柔道教室の稽古は64日で皆勤賞となる。

柔道教室は、これで、4年連続で、『精勤賞』の受賞となった。なったのだが…

ちなみに、柔道教室に関連した稽古は、この64日以外に、年9回の月例稽古、それから暑中稽古(4日)、寒稽古(4日)

合計で、81日ある。先の二人の皆勤賞の受賞者は、この81日…柔道教室に関連した稽古全てに参加している。

柔道教室の稽古の中で、僕の感じ方かもしれないが、確かに二人はそれぞれ、異彩を放っていた。

ちなみに、僕は寒稽古を1日、後、月例稽古を1、2回…欠席している。話を戻して…

 2016年のtakumaroの稽古実績…続きなのだけれど…

 試合成績:一分け、一敗…講道館月次試合、出場1回…(2015年は、月次試合に5回出場出来たのだが…)

本当に、怪我に泣かされた1年だった。立ち技の稽古は、殆ど出来ていなかった。新年度は、『試合』に向けた身体を作り直して行く事から始めるか…身体は治ってきているし、日常生活にも問題は無いが…

『『柔道』の『試合』の出来る身体か…』

勝負はともかく、新年度2017年に、再び『舞台(試合)』に立つことを目標に往くことにもなるのだろう。

  

 一方で、2016年(10月頃から)は新たな役割を担うことになった。キッカケは柔道クラブの会長さんから声をかけられたからである。ここからは、柔道クラブでの話になる。

「takumaroさん、水曜日って時間あるのかい?」

今の僕は、朝の新聞配達以外には何もしていない。また、それ以外にする気も無い。勿論、

『柔道』と『描く』事は、プラス『数学』もか…ここには含まない。まあ、暇といえば、暇だ。(忙しいといえば、忙しい。)

「暇といえば、暇ですけど…」

この僕の発言を受けてか…会長さんからお願いをされる。

「水曜日の稽古さ、出てくれるかい?」

水曜日の稽古に指導者資格を持っている多数の大人の人達に稽古に参加してもらいたい。そういう事なのである。

僕も気付いたら、ここの柔道クラブを通じて、いつの間にか指導者資格を取得していた。

水曜日の稽古は、実質『業師K先生』が一人で子供たちを観ていた。当然か…大人は皆、仕事を持っている。働いている。

平日に大人が稽古に参加するのは大変である。『業師K先生』にしたって、水曜日の稽古は、仕事が終わってからやって来る。

僕自身は、水曜日の稽古に参加する事に、断る理由もない。

敢えて言うのなら、柔道教室の稽古が火曜日と木曜日にあるので、とすると、火、水、木と連続して

稽古をする事になる。

「(う~ん~、柔道教室の稽古の中休みが無くなるのですね…)」

そういう個人的な『愚痴!?』もないわけではなかったのだが…

それでも、2016年の10月頃より、水曜日の柔道クラブの稽古にも参加するようになった。間もなく、水曜日の稽古にも

参加するようになって半年になる。これがキッカケで柔道クラブの稽古で、

「(僕自身が、どういう稽古を積むか…ここの『場』で…)」

それを考えるキッカケになった。柔道クラブの稽古では、普通に(といっても、中学や高校の柔道部なら当然な話だが…)

準備体操の中に、補強運動と回転運動とがある。これらを全て、いや…補強運動を全てこなすだけでも、真冬でも

(僕は)大汗をかく。回転運動に関しては、幾つかの回転運動は未だに出来ないでいる。例えば、右腕を先に畳に着く側転や、

倒立歩行、ヘッドスプリング、ハンドスプリング…

この柔道クラブの稽古では、僕は、特に、この準備体操に力を入れるようにした。僕自身の身体を作り直す事もある。

また、子供たちに背中を見せる…姿を見せる…事もある。僕にだって、出来る事もある。そして、出来ない事もある。

それでも、挑戦(トライ)する。

補強運動は、大人、子供を問わず大変である。僕も正直に言えば、『キツイ!』『辛い!』。

実際に、本当に補強運動の後、僕はいつも大汗をかいている。

それでも、僕の場合は、身体を動かせる。何故なら

「『『柔道』の『試合』の出来る身体に…』僕自身の身体を作り直す!!!」

という大義名分が在るからである。子供たちに、

「背中を見せる…姿を見せる…」

という使命もある。けれども子供たちは…

見ていると、号令だけで『すり上げ』や『足けり、内回し、外回し、足交差』等々の補強運動で…結構ズルする奴がいる。

彼らは出来ない訳ではない。『キツイ!』『辛い!』そういう感情が、補強運動をするという事を止めさせるのだろう。

敢えてズルをしている奴の隣や前に僕は移動して、補強運動をする。彼らの前で、僕は大汗をかきながら補強運動をし

「大人、子供、そんなの関係ないよ!、『キツイ!』『辛い!』は誰でも一緒!!!」

独り言を呟く。

すると、不思議なもので、辛そうな顔をしつつ彼らは腕立て伏せなら10回の内の10回をキッチリするのである。

すり上げ、なら、10回3セットをキッチリするのである。やるのを見届けてから、僕は元の場所へ戻り、自身のための

補強運動をする。しかし、しばらくして彼らの方を見ると…彼らはもう…ズルの世界に戻っている。

「(本当に、困ったちゃんだな~)」

でも、あるときに僕は気付いた。

『身体をつくる!』

そういう事が彼らに伝わっていない。でも…

「身体をつくるために、補強運動をするんだ!!!」

と言っても多分…彼らには伝わらない。これまでの生きて来た感覚で

「(のんびり、機会と機縁を待ちますか…)」

と待つつもりでいた。しかし、以外にも予想よりも早く、その機会と機縁がやって来た。

 この、柔道クラブの稽古では、準備体操(補強運動と回転運動を含む)は全員でする。この後の

寝技や立ち技の乱取り稽古は、大人(中学生以上)と子供(小学生以下)に分かれる。しかし、例外も存在する。

小学6年生で身体が大きかったりすると『飛び級』をして大人の方に飛ばされて稽古をする事になる。

『M、Y君』なんかは、その典型である。そしてまた、

『M、Y君』なんかは補強運動で直ぐにズルの世界に行く、その典型でもある。

稽古を通じて『M、Y君』と3、4回の寝技の乱取りをした後に、ある時の寝技で

宣言して『M、Y君』との乱取りに臨んだ。

「今日は、少し本気でやるから、苦しかったりしたら、直ぐにタップ(参ったの合図)をしてな!」

 僅か、3分間の乱取り『M、Y君』は、何回タップをしただろう…『M、Y君』にとっては、とても長い地獄のような時間だったのかもしれない。知らない大人が僕の様を見ていたら

「いい大人が子供相手に何をムキになってやっているの…」

場合によっては、そういう批判も僕は浴びただろう。この3分間の寝技の乱取りの後に『M、Y君』は僕に噛みついた。

「子供が、パワーで大人に勝てるわけないじゃないですか!!!」

「パワーが在れば、僕なんかには、余裕で勝てる?」

「ハイ!!!」

「そっか…パワーが在れば、勝てるか…この柔道クラブに来て何年になるの?」

「まだ、半年です!!!」

「そっか…まだ半年だったか…ところで、大人だからパワーが在るのかな…?」

「えっ?」

「僕のパワーは、稽古で身に付けたものだ。今やった寝技の乱取りなどもそう…」

「…」

「あと、ここの補強運動もそうかな…あれをフルにこなすのはキツイけれどね…

『M、Y君』はどういう補強運動をしている?」

「…」

「僕が、どういう風に此処の補強運動をしているかは、見ているでしょ…見てない?観えてない?」

「…」

「『M、Y君』は身体もある。だから、こっちに(大人の方に)飛び級して来た。」

「ハイ…」

「『M、Y君』は若いでしょ…年の巧が在る。つまり、僕と同じ補強運動をしていたら、パワーなら1,2年で

僕を追い越すよ。勿論、僕と同じ補強運動をしていたらだけれど…」

「…」

「どうするかは、自分で決めてね!」

しばらくの間の後に

「あの…ありがとうございました!!!」

と『M、Y君』は僕に言った。その後の『M、Y君』の補強運動の取り組み方は、以前とは雲泥の差である(勿論良い意味で)。

そして、『M、Y君』の若さ…『年の巧』を改めて稽古でも感じる。あれから、3か月ぐらいだが、僕の寝技の少し本気に

それなりに付いて来れるまでに既に成っている。

物凄く、takumaroが僕が

『カッコイイ』

話に成っているが、そんな事は稀で、実際にはコミカルなtakumaroの方が圧倒的に多い。

(例えば、前回のブログの『国宝』など)

再確認のために改めて描くと

この柔道クラブの稽古では、僕は、特に、この準備体操に力を入れるようにした。僕自身の身体を作り直す事もある。

また、子供たちに背中を見せる…姿を見せる…事もある。僕にだって、出来る事もある。そして、出来ない事もある。

それでも、挑戦(トライ)する。

 …

柔道クラブの稽古では、補強運動が一通り終わると次に回転運動をする。

僕の『年の功』もあるのだろけれど、僕は回転運動が苦手である。どういう回転運動が苦手なのかは描きだすとキリがない。

ここでは、とにかく『右腕を先に畳に着く側転』が出来ない。とだけ読者に伝えておく。

勿論、僕が出来ない回転運動はこれ以外にもたくさんある。

右腕を先に畳に着く側転で、僕は気が付くと、いつの間にか前回り受け身になってしまう。

「う~ん~」

一緒に稽古に参加している大人の人達に突っ込まれる。

「takumaroさん、それ、側転じゃないです。前回り受け身になっています。」

取り敢えず、言い返す…

「いや、あの…僕の中では側転です…」

そして、しばらくの後に自然と僕の心の音を発してしまう。

「う~ん~」

この音を聞いた『業師K先生』が突っ込みを入れる。

「おっ?良い大人が悩んでいる!!!」

これらの、一連の大人のやり取りを見ていた子供たちが

「(側転!?そんなの簡単ですよ!ほら!!!)」

と言わんばかりに次々と僕の前で側転をやってみせる。しかも、自慢げにである。

その側転を見て改めて僕も再びトライするが…

やはり、いつの間にか前回り受け身になってしまう。

「う~ん~」

改めて大人の人達に突っ込まれる。

「どう見ても、前回り受け身ですよ!」

稽古を通じて、子供たちの『年の巧』を見せつけられる。彼らは皆、初めは出来ないのに

いつの間にか、側転は勿論、ヘッドスプリング、ハンドスプリングまで簡単にやってのける。

「う~ん~」

回転運動に関しては、彼らはあっという間に僕を追い抜いていく。

まだ、回転運動が出来ない子供たちも、良い大人が悩んでいる姿を見て、彼らなりに挑戦をしているようだ。

「(直ぐに、抜かされるんだろうな…)」

彼らには、『年の巧』がある。

(注:大人なら『年の功』だが、子供の身体の柔軟さ、若さ、これらを身体を通じてみせる技術なので『年の巧』)

 

僕だって、いつまでも自分自身の事だけをしているわけにもいかないだろう。

『場』を求めて彷徨い、気が付いたら、2つの柔道教室という『場』と柔道クラブという『場』を獲ていた。

そして、どうやらそれぞれの『場』で、僕が担う役割があるようである。

「『場』があるから『人』が集まるのだろうか…?」

「『人』がいるから『場』が出来るのだろうか…?」

ズルいと言われるかもしれないが…僕には解らない。ただ、僕は、最初は確かに『場』を求めて彷徨っていた。

… 

『場』があって、『人』がいて、風景が観られる。担う役割が在る。その役割を担う『人』がいる。

その『場』で、役割を担う『人』が、異彩を放つ。だから、その『場』に風景が創り出されるのだろう。

ただ、其処で創り出される風景は必ずしも万人に受け入れられる物ではないのだろう。だから、

『人』が『場』から離れたりする。勿論、その『人』に都合がある場合だってある。

 

僕の場合は、柔道教室という『場』と柔道クラブという『場』がある。どうやら担う役割もそれぞれにあるようだ。

僕の特殊性もある。確かに観える景色がある。せめて、その『観える景色』は描いて遺そうと思う。

僕の特殊性から派生する責任において。ただ、僕には僕の特殊な都合もある。あくまで、その中に於いてなのだけれど。

 

 

稽古風景、その3

2017.03.24, 柔道教室『2016年度、最終納会』

あとがき

 よく僕は人から

「話が長い!!!」

と言われることがある。細部にこだわって、あるいは、具体例を提示したりして、あるいは、僕が

「(いや、待て待て!!!ここは、こうした方が良いぞ!!!)」

などと、成ってしまい、結局『物語』が頓挫する事が多々ある。実際には、頓挫しているわけでは無い。裏で、話は

勝手に進んでいる。誰かが見るわけでは無いのに。勿論、遺すために描いているのであるから、いずれは誰でも

見れる状態にはなる。僕の特殊性を説明するとやはり、長くなるが、でも読者は感じる事は出来るのだと思う。

「『年の功』や『年の巧』」

と描いたり、あるいは

「『残す』と描かずに『遺す』」

と描いたり。他にもあるが、それらは、また、別の機会にする事にする。

 

この今回の『物語(記事)』は、作品も込めると、2017.03.09より『描き』始めている。そして、先日ついに

柔道教室の2017年度の稽古が、2017.04.08より、正式に始まってしまった。

細部にこだわり出すとキリが無い。

3つの風景と3つの描き方を示した処で、今回は勘弁する事にしよう。(納得する事にしよう。)

 

2017.04.11.記

 

 

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